総務部予防保健課 食養生の料理店3

「今年はまだまだコートが手放せない冷え込みだけど、もう暦の上ではとっくに春なんだよねぇ。ワシも季節の話がだいぶわかるようになってきただろ?」

「そうですよね、社長。立春なんて昔からいうワリには節分の次の日なんて全然意識してなかったし、まさか2月にもう春が始まってるなんて、こんなに寒くて、フツー思いもしませんよね。」

「アツコくん、これが実はな、先日アパレル業界の会合に出席した際にエライ話が盛り上がったんだけど、衣料品を扱う方々は、二十四節気をちゃあんと意識してて、販売計画を立てる際の参考にもしてるそうなんだよ。」

「へぇ〜、じゃあ、2月辺りからもう春物を?あれ、でもホントだ、言われてみたら春物や秋物のショーウインドーって、まだ寒かったり暑かったりする頃から衣替えが始まりますもんねぇ。」

「実際は、季節の先取り感で街行く人たちの注目を集めて、気持ちの準備してもらうことが目的みたいなんだけど、これが二十四節気のタイミングとぴったり合うらしい。」

「おもしろ〜い。季節の移り変わりに敏感な感じがして、ちょっと意識高い系ですね。この話、明日、女子社員達にしても良いですか?」

「あっちゃん、東洋医学の基本、陰陽五行の基本概念となる大自然の営み、星の動きは、鍼灸術が成り立ち発展したはるか昔の時代から何も変わってないんだよ。季節の移り変わりも星の動きと同じで、旧暦を用いた時代から何も変わってないんだよ。だから我々の鍼灸術も現代に通用するわけで。」

「お〜お~、ミドーくん、アツコさんに熱弁振るうのはいいけど、次の料理が運ばれてきくるよ。」

新ジャガと春キャベツのサラダに、鶏肉のさっぱり煮。

「酸味が食欲を刺激しますね。彩りも鮮やかだし、何より美味し〜。」

「あっちゃんは、この店は何回か来てるよねぇ。」

「前、センセーに教えてもらって、年末に友達と来させてもらいましたよ。その時はおでんがオススメだって言われて、本当に美味しかった~。」

「ほう、アツコくん、あのおでんを食べたんやね。冬至の時期だったか、我々も頂いたね。ワシは根菜盛り合わせとか言われて、大根だけじゃなくて、ごぼうやレンコンなんかも巾着で頂いて、そりゃ美味かった。」

「え〜、私は昆布巻や練り物を頂きましたよ。大根もジャガイモも美味しかった~。」

「いかん、職業病だ。出された料理の内容を聞くと、それぞれの料理の意図や食養生を説きたくなってしまう。」

「ははっ、ジョーさん、僕もですよ。ま、その辺はまた次の機会にダイチさんに任せましょうよ。この会の目的は季節の食事を楽しむことですから。」

蒸し物、焼き物、次々と運ばれて来る季節の料理を堪能し、ひとしきり会話も落ち着いたところで、料理長のダイチが最後のご飯ものを運んできた。

「さて、本日のお吸い物は大振りの蛤が手に入りましたので潮仕立てにしてみました。山菜の炊き込みご飯、上の木の芽はもちろん食べて頂けますが少し苦味がございます。お好みで柚子の皮を擦って散らしますが、如何しますか?お吸い物もご飯も柚子の香りは合いますよ。香の物は春キャベツです。おかわりが必要な方はご遠慮なくお申し付け下さい。」

「ほぉ、これはまた贅沢なシメだなぁ。ワシはどっちも柚子ふってもらおうかな。」

皆の表情をさっと見渡し、手際良く鬼おろしと竹のおろしばけを使って、全てのお椀に柚子を散らしていく。部屋の中に爽やかな香りが立ち込めた。

ダイチは、店のスタッフに指示を出しながら手際良く下げ膳を済ませ、食後のコーヒーの準備を進めた。