総務部予防保健課 予防保健課の活動5

そして私は日々君の体調を確認し、一通りの施術を終え、日々の養生方法を伝えた。

「様子はどうかな。とりあえず局所の違和感は無くしておいたし、今晩はお酒なしでもぐっすり眠れると思うから、早めに風呂入って寝てくださいな。仕事のことはまた明日以降でね。」

「はい、分かりました。途中、湿気が熱を生んでどうとかって説明してもらいましたが、要するに?」

「要するに砂糖、炭水化物、油を控えなさいっていうことだね。あと冷たいものとアルコールも。ここまでくると拷問でしょ?だから、あんまりうるさくは言わないけど、まずはしっかり寝てくれってことだね。で、明日は木曜だから午前中、昼ご飯の前ぐらいにもういっかいココにおいで。」

「わ、分かりました。冷たいビールがダメなんですね。何食べよう。」

 

このような感じのやりとりが、ツイン工業の一角で日々行われるようになってもうすぐ半年が経過する。

総務部長曰く、有給休暇の消化率が上がっているのと、有給の取得申請が当日や事後ではなく、事前提出が増えてきているようだ。要するに体調不良が理由ではなく、計画的な有給取得が増えてきている証拠だと、総務部長は喜んでいる。

まだまだ動き始めたばかりの予防保健課の活動だが、評判は良いようだ。アツコくんは、神農や御堂鍼灸院との連携方法を、季節の移り変わりを取り入れながら様々な形で企画し始めている様子。社長もじっとしているはずがなく、10月の本格始動時には、対象を家族や友人にまで広げると言い始めている。こうなってくると私も色々とアイデアが湧いてくるが、まずは手が届く範囲の人々の健康を手助けすることで、予防保健課の存在感を示して行くことになるだろう。

総務部予防保健課 予防保健課の活動4

「そういや長次郎さん、保健室が出来てから私のトコに来るのは、実は初めてじゃなかったかな。私も複雑な気分だけど、ま、良く来たね。あなた達の体調改善は企業の体力強化にもなるし、組織のあり方について問題点の洗い出しにも積極的に利用されるんだよ。もちろん匿名だから安心して。ま、まずはしっかり体調整えて、色々見直して行きましょう。」

「なるほど、話には聞いてましたが、そういうシステムなんですね。いや正直、助かります。ジョーさんだったら前から腰の調子悪かったこともご存知だし、今の仕事の忙しさもよくわかってもらえて、正直に説明できます。でも、会社じゃ治療できなかったんじゃないですか?」

「前は事務所の一室でコソコソ活動してたけど、今は状況が全く違うんだよ。社長が会社として治療院登録をしてくれてねぇ。総務部予防保健課はれっきとした治療院なんだよ。だから、今からここで鍼もお灸もできるし指圧も組合せでしっかり治療できるんだよ。」

「へぇ〜、だからみんなが早くジョーさんところに行けって勧めてくれてたんですね。いや、ちょちょっと応急処置して、結局ミドー先生んトコに行くよう言われると思って、なかなか来にくかったんですよねぇ。」

「そっか、その辺の周知活動がまだまだってことだな。一応、いつもココにいるけど、週2回火·木の午後は大阪営業所の方に行った後、夜はそのまま御堂鍼灸院の手伝いだよ。品管業務もちゃんとやってるから、安心してな。」

「分かりました。とりあえず今日はよろしくお願いします。ちょっと抱え込みすぎてたと思うんで、仕事の配分は周りと相談し直します。」

「じゃ、早速診ていこうか。ミドーくんトコで書いてもらった問診票覚えてるかな。ウチは年代も限られてるし、仕事内容で質問内容分けてて、あそこまで細かくないから、さぁっと書いてもらえる?季節が変わって症状も違うと思うし。」

「あ、はい。前は節分の頃でしたよね。説明を受けたの覚えてます。もう6月だから4ヶ月も前ですね。」

「一応、ミドーくんトコには1ヶ月間くらいは通ってたんだよね。春の養生はある程度はできてたと思うから、この程度で済んでるんだと思うよ。」

総務部予防保健課 予防保健課の活動3

「ジョーさん、申し訳ないですっ、最近腰の調子がまたダメみたいでっ。いや、分かってるんだ、ここ2週間ぐらい寝不足が続いてるし。夜食もどうしても食ってしまう。朝の起きがけの腰の固まり具合がひどいんですよ。」

「朝のラジオ体操、後ろから見てたらよく分かるよ。明らかに腰が伸びてないし、前屈みもできてないもんなぁ。寝不足は仕事の問題かなぁ?長次郎さん。」

「あ、いや、仕事っていうか、最近、受注が盛況で製造スケジュールがコロコロ変わるんで、それに合わせて勤務スケジュールやら在庫調整やら、総務関連の情報展開やら、色々と任せてもらえるもんで張り切っちゃって。」

「忙しいのは結構。でもまぁ、体調崩したら元も子もないし、周りに仕事振ることも覚えなさいよ。とりあえず寝やすくしとくから、今日は酒も無しでスパッと寝なさいな。もうすぐ5時だし、今日も終わりだろ。」

「え、いや、まだ残業が。」

「誰かに任せて。どうしようもなかったら、私から課長に言っといてあげるから。」

「は、はい、すいません。」

日々くんは、ミドーくんのところで一時期治療を受けていたが、最近は忙しくなかなか仕事帰りに治療を受けて帰るというわけには行かないらしい。

ということで、予防保健課、保健室の出番だ。業務に支障をきたすと感じた場合、不調が長期間続く場合、業務時間中であっても体調の改善、維持管理は業務の一環ということで、保健室の利用が認められている。有給休暇を取って外出せずとも社内に治療院があるわけだ。もちろん際限無く利用分けるというわけではなく、一定のルールは設けようとしているが、治療とともに養生の方法までしっかり教育されるわけだから、際限無く利用する人はなかなかいない。自身で管理が難しい場合は、職場や家族にまでその情報はシェアされる。そして特徴的なルールがもう一つ。保健室を利用したことは総務部でカウントされ、内容如何に関わらず健康意識の現れと行動したことに対する評価、プラス加点がされるのである。

総務部予防保健課 予防保健課の活動2

同僚たちには日々感謝をされ、自然と金銭ではない何かを報酬として受け取る習慣が生まれ始めていた。報酬を得はじめてしまうと自身の行為に自信がなくなり、疑問を感じ始めていた頃だった。友人の指摘に大きなショックを受け、そして自身も医療資格を取得すべきではないかと考え始めるのにそう長い時間はかからなかった。

そして私は未来のビジョンを具体的に描くことを始めた。

鍼灸師と同時に指圧の資格が取れる専門学校が日本には数校ある。鍼や灸といったツボや氣の流れを用いた治療には興味があったが、指圧のような手技療法の方が企業勤めのサラリーマン達にはウケが良かったことは実感済みだ。ただ普通に治療院を開業しようにも資金調達は容易ではなく、経営を続けるにもセンスやアイデアはもちろん必要で、腕があっても流行っていない治療院の話を東京の友人から聞かされた。

じゃあなぜ今、私の周りには、私の技術に頼り、感謝してくれる人が多く存在するのか。そこに未来のビジョンのヒントがあった。一般企業内に東洋医学を基本にした福利厚生システムを構築することが、私の脳裏に朧げながら描かれ始めた。そのためには今のままではなく、正確な知識と技術、資格が必要だった。更にはその過程で自身の考えを受け入れてくれる企業を探すことが不可欠だった。

私は、その日から鍼灸専門学校入学のための受験勉強とともに、自らが準備でき得る社会のつながりを広げていった。

 

翌年、企業を退職した私は、鍼灸学校で3年間、治療院での研修に2年を費やした。並行して神農での薬膳ソムリエで接客を学ぶ中で、甲田社長との出会い、そして価値観を共有できる仲間と出会い、志を持ってツイン工業に就職した。ツイン工業での4年を経て、ついに10年越しのビジョンが形になり始めた。そう、予防保健課の活動を通じて、企業に勤める人たちの健康意識を支え、企業風土そのものの改革によって人々から病を遠ざけさせ、社会生活をより豊かにする手伝いの中で報酬を得るのだ。

これらの理想を叶えるためにこれまでに培った知識や経験、資格、人脈、体力、全てをバランスよく調和させ、唯一無二の福利厚生体系を構築すること。もちろんこれらの活動は社会全体に広めていく価値のあることで、その第一ステップとしてのツイン工業での活動が今後の活動を大きく展開させていく基礎になることは、関係者は十分に理解できていた。

そのためにはまずは自らの軸足をしっかりと固定し、方向を見定め、知識と経験を蓄えた上で、外に向かって発信していく必要がある。それらの準備が、今整ったわけである。

総務部予防保健課 予防保健課の活動1

5年近い準備期間を経て、ツイン工業株式会社で正式に予防保健課の活動が始まった。未だ準備期間といえど、この間私が費やしてきた活動はそれなりに社内で認知されており、私の紹介で御堂鍼灸院を訪れた従業員はパート、アルバイトも含め、社内全体の2割を超えていた。もちろん社長の理解と全面的なバックアップのおかげでもある。

 

 化学系の大学を卒業後、香川県の一般企業に就職した私は、勤め先の同僚達の体調不良や心の病、そしてそれらが職場の雰囲気を大きく損ねている環境に、どうしようもない虚無感を感じていた。そこはワンマン社長が一代で大きくした企業で、グローバル展開もめざましく、皆、仕事には精を出し、やるべきことを真面目にこなす社風だったが、如何せん香川という土地柄、男性社員の多くは昼食に必ずうどん店へと繰り出していた。また酒の場の意見交換で事業の方向性が見出されるほど、頻繁な呑みニケーションが習慣化されていた。寝不足や運動不足といった、健康とは程遠い生活スタイルが染み付いた職場環境。その結果、肩こり、腰痛、頭痛、食欲不信、高血圧に糖尿病、女性は生理不順や冷え性不妊治療が長続きせず離婚、なんて人の話まで耳にした。仕事中の労働災害や通勤中の事故もよく耳にした。地方の労働局の講演会に参加したときには、田舎の企業ではよくあることと、同様の事例が当たり前のように報告され、それとなく問題提起はされてはいたものの、諦めムード。具体的な成果に結びつくような対策は行政ではなかなか難しかったようだ。

 

とある武道に造詣が深かった私は、武道医学の知識を習得しており、整体術の真似事のようなことができた。いわゆる柔道家が骨接ぎの知識を習得していくようなものだが、私の場合、骨格というよりもツボや氣の流れを意識した整体術で、周囲からは指圧やカイロプラクティックのようなイメージを持たれていた。周囲に体調不良を訴える人が多く、肩こりや腰痛のサポートなどから、知識と技術を社内の友人たちに施す機会が増え、いつの間にか私が住んでいた独身寮の娯楽室は、毎週末、職場の知り合いたちが押し寄せる治療室のようになっていった。そんなことを続けて約2年、東京に住む武道の友人が鍼灸師の資格を取ったという知らせが聞こえてきた。その友人の話を聞いたところ、どうやら私が毎週末娯楽室やっていることは、場合によっては医療行為の一種になってしまい、何かあった場合、相手を守ることも補償することもできず、自身をも傷つけてしまう行為だということで、好意とはいえ今のまま継続することを強く否定されてしまった。

総務部予防保健課 予防保健課の発足4

こうして4月を迎え、正式に新部署の活動内容が社内に周知された。

 

 

掲示

 

3月の取締役会にて、新部署の発足について承認されましたので、周知します。

 

部署名

 管理統括部門 総務部予防保健課(通称 保健室)

 

目的

 社員とその家族の健康を支え、それぞれの健康意識を高め、病を回避し、

 企業活動を下支えすることで、社会福祉と企業利益に貢献する。

 

所属課員

 癸生河 丈 課長(品質管理課兼務)

 アツコ スミス 係長(営業2課兼務)

 

社外アドバイザー

 木村 大地(非常勤)

 御堂 優(非常勤)

 

準備期間

 4月9月(上半期)

 

正式発足

 10月1日

 

発足活動が開始した。

総務部予防保健課 予防保健課の発足3

「はいはい、よく聞こえてますよ。すいませんねぇ、この土日、お客さんのところで品質トラブルがあったみたいで、朝からバタバタしてて。結局、ウチでは品質記録提出して問題ないことが示せて、お客さんの勘違いだったみたいで、どうにか話が収まってよかったです。ま、でもお客さんのところで間違いが発生しやすかったのはウチでもラベル表記改善のヒントがあると思いますね。その辺、午後から課内で打ち合わせです。」

「しかし、ジョーさん。相変わらず器用ですねぇ。東洋医学も企業活動もよくごっちゃにならずに頭が回りますよねぇ。」

「ミドーくん、東洋医学もサラリーマンも、人の活動は全て陰陽のバランスだし、望聞問切は変わらないって。」

「そうやって、全ての事象を有機的に結合させて物事を考えられるような人は、そうそういないんですよ。これでお金勘定が出来たら完璧なんですけどねぇ。ジョーさんにも苦手なところがあって僕もホッとしてますよ。ほんと、ツイン工業さんで鍼灸師やらせてもらえるのは幸せですね。財務や備品管理は会社がサポートしてくれるんですから。もう大阪の鍼灸師会でも既に噂になってますからね。」

「お~お〜、もう顔出さないようになってずいぶん経つけどなぁ。未だに講演会のお誘いはよく来るんだが。ま、いいや。今日の打ち合わせ、はやく終わらせましょう。」

「このメンバーは話好きが多いんだから、ほっといたらどんどん話が脱線してしまうな。さて、今日も議長はワシがやらせてもらうよ。未病保健課は却下されたんだから、あとは皆んなの意見を聞いて、決めてしまおうか。」

「いや、社長。社長も話に入ってもらわないと困りますよ。最終承認は社長なんですからね。私は朝から女性社員の話も聞いてみて、結果、予防保健課という名前に行きつきました。未病はもう病気って話はなんとなく分かって、じゃあその病気にならないようにするのが目的なら、やっぱり予防方法を学ぶ保健室みたいな印象が大事かなって。」

「保健室。それ良いなぁ。よし、入り口には保健室の看板だそう!」

「え、社長、部署名、保健室?」

「ちがうちがう、部署名は会社としてしっかり登録してもらうけど、ニックネームみたいなのもいるだろ。部屋の入り口には保健室だ!」

「お〜お~、なんか意見が合うなぁ、アツコさん。私も予防保健課が希望だな。シンプルに目的が表されてる。私も社内で活動しやすいし、社外でも説明しやすい。」

「じゃ、決まりですね。僕たちも同じですよ。ね、ダイチさん。」

「え、ミドーくん?そうなの?」

活動の方向性と、今の社内での立ち位置、分かりやすさと伝わりやすさを重視した結果、参加者の意見は自ずと一致した。これも縁というやつだろう。新設される課の名前は『予防保健課』に決定した。