総務部予防保健課 応急処置1

朝礼が終わって少し落ち着いた事務所

ガタタッ!!パーテーションに膝をぶつけながら、人が運び込まれてきた。

「お、もうちょっとそっと。ゆっくり!」

「ゆっくりしか動かねぇよ、っていうか、うまく踏ん張れないから、つんのめる。っぐぅ、息がしづらい。。。」

恰幅のいい男性が同僚に肩を借りながら苦悶の表情を浮かべている。

 

「お~お~、朝から大変な様子だねぇ、とりあえずそこに座らせようか。」

部屋の片隅で大体の様子を把握し終えた私は静かに立ち上がり、棚に丁寧に畳んであった大振りのバスタオルを、腰ほどの高さのミーティングテーブルにバサッと被せた。少し寒いが作業着の上着は椅子の背もたれにかけておく。

同僚に支えられながら、右脚を引きずるように連れられてきた男性は、やや前屈みの状態で

「いや、ダメだわ、今座るなんて無理だよな。座ったら最後、起き上がれる気がしない、っつうか、そっちまで歩けない、ここでどうにかしてくれぇ、いや、してくださいっつつぅ。」

 

日頃は冬でも額に汗をかき、赤ら顔の男性だが、苦痛で蒼ざめるとはこういうことだろう。いつもの顔色ではない。白っぽい額に汗は滲んでいない。ワイシャツの袖を捲りながら、そんな苦悶の表情を浮かべる男性に近づくと思わず「養生が足りないね」と呟きつつ、油で汚れた左手を両手で包んだ。「ここ?」と一言。「ウギッ!」と呻いた男性を見つつ「あ、いや、こっちか?」と手の甲、関節と関節の間を親指で押さえた。

 

「アッ!!」と叫んだかと思った次の瞬間「そこ、いやっ、痛っ!イダダぁ!」

と叫び続ける声を無視し、私は彼の左手の甲を数秒間は押さえて続けた。

 

「いや、痛いって!」と手を振り払った男性の顔色は紅潮し、姿勢が良くなっていた。腰が伸びたというか、右脚が踏ん張れている様子だ。

 

「で?どうだい?」という私の声に、ふと我に返った男性は「あれ?お?嘘ぉ!?」とガタイに似合わぬ裏返った声で腰を伸ばす。両足で踏ん張り、すっくと一人で立っている。

「それじゃ、初めに言った通り、そこのテーブルに腰掛けてもらえるかぃ。作業服はそのままでいいから。あ~、でも、出来たら汗だくのインナーは着替えを用意しようか。手も思った以上に冷たいし、まずは体を拭いて、温かい飲み物だな。カズちゃん、シナモンティー淹れたげて。」

 

当の男性は、まったく状況が理解できていない表情とは裏腹に、さっきまで全くいうことをきかなかった身体はまるで催眠術にかけられたかように、私の言葉に素直に従った。上半身裸になり、同僚から受け取ったタオルで身体の汗を拭い、手渡された着替えのシャツに袖を通した。