総務部予防保健課 丁寧な問診と初めての鍼灸1

御堂先生は受付カウンターの裏に入り、問診票を記入するためのペンとクリップボードを持ってきた。

「では早速。ところで今日はお時間は大丈夫ですか?腰痛と一言でいいましても様々な原因がありまして、治療の方針を導き出すためには、日々さんが現在の体調に至った理由や普段の生活習慣、好き嫌い、体質などをお伺いしていく必要があるんです。」

「好き嫌い?体質?ぎっくり腰なんですけど。」

「ええ、実はぎっくり腰って急になるんじゃなくて、その人の日頃の食生活や習慣、体質が影響して、疲れが溜まって、条件が揃って、なるべくして起こるんですよ。ぎっくりって聞くと急になるイメージなんですけどね。実は内蔵疲労が影響している場合も多いんですよ。」

「腰痛が内臓疲労ですか?食欲はある方なんですけど。」

鍼灸の治療では、もちろん患者さんの現在の症状を和らげることを考えて行きますが、症状から得られる情報ばかりじゃ判断が鈍ります。今日はせっかく治療院まで来て頂いたんですから、再発させないためにも病の根本から治療して行きたいんですよね。判断情報を増やすためにも、その人の好みや生活のスタイルを伺うんです。初回はちょっと時間かかりますけど、ご協力頂けませんか?」

「ご、ご協力って、いや、治してもらうのはこちらですし、こちらこそよろしくお願いします。時間は大丈夫ですけど、はぁ、根本ですか。腰なんですけどねぇ。」

なんかペースが掴めないな、と思いつつ私は問診票に目を移した。

「へぇ?」

A3用紙が二つ折りになっていて、表にも裏にもおびただしい数の質問が並んでいる。ゆうに100問はあるか。その内容は単純なYESNOがほとんどだが、前半は今の症状はもちろん年齢や職業、既往歴といった一般的な内容から、どんな時に症状が悪化するかなど、言われないとなかなか思い出さないような症状の詳細についても問われている。また生活スタイルや睡眠時間、味の好み、趣味、風呂の入り方、裏面には女性特有の症状について。果ては既婚未婚や性生活のことまで!?これが治療の何に関係あるの?といった質問が質問の種類ごとに分けられて、順に並んでいる。無意識の自分の行動や習慣を見直すためのチェックシートみたいな感じだ。

「あ、答えにくい部分は未記入で結構ですよ。初診で面食らう方がほとんどなんですよ。症状によっては、後でゆっくり細かいところまで問診でお伺いしますので。日々さんの場合、生活スタイルや味の好みはゆっくり思い出しながら記入してもらえませんか。」

とりあえず、書けるところだけぱぱっと記入してみた。それでも10分程度はかかっただろうか。普通の病院に行った時に受付で渡される問診票とはえらい違いだ。

記入を終えた問診表を膝に置いて周りを見渡した。ふとお茶の存在を思い出し、一気に飲み干す。小さな噴水の音がぴちゃぴちゃと聞こえる。問診票を書いている間に、来た時の緊張はすっかり和らいだようだ。なんだか受付の落ち着いた雰囲気にペースを掴まれてしまっている感じだ。

 

「は~い、ありがとうございます。ふむふむ、あ~、以前から腰痛っぽい傾向はあったんですねぇ。なるほどなるほど。」

そこそこ苦労して記入したのだが、先生は裏表にさぁっと目を通してチラチラとこちらを見てくる。見られているというか、観察されている感じだ。

「あ~、すいません。じゃあ部屋の中でもう少し症状や生活習慣についてお話を伺いましょうか。ど~ぞ、部屋の中へお入りください。」