総務部予防保健課 ジョーさんの存在1
「す、すいません。寝坊してしまいましたっ!」
翌日、私の朝は寝坊の言い訳とともに始まった。始業5分前に事務所に到着した。腰は嘘のように軽くなったものの、熟睡した感覚と倦怠感で朝、起きられなかったのである。いつもは始業の30分前には出社して、前日の残りや今日の予定を確認しながら同僚が出勤してくるのを待ち構えるのが私のスタイルだが、今日は迎えられる立場だった。完全な寝坊である。扉の横のセンサーに社員証をかざした。ピッ。
「いいっていいって。チョーさん真面目やから、入社以来ずっとみんなよりも早く来て仕事の準備始めてくれてるけど、そんなに気張らんでいいんじゃないの?ほれ。」
「おざ〜っす。ピッ。」
若手の社員が一人、私よりも後に入ってきた。
「彼でも遅刻じゃないんだから。まぁ、全員が全員、始業ギリギリってのもどうかと思うけど、チョーさん、もう一本電車の時間遅くしてきてもいいんじゃない?あ、これ、課長の意見だからね。」
事務所の奥で課長がニコニコしている。どうやら昨日の腰痛騒ぎは、思いのほか皆さんに気を遣わせるハメになってしまったようだ。そりゃそうか。早退までさせてもらったんだから。
「皆さん、昨日の朝はお騒がせしました。どうにか大丈夫ですんで。色々ありがとうございます。お気遣いなく。」
私は深々と皆さんに頭を下げ、荷物を置き、始業のラジオ体操に向かった。
10時過ぎ、休憩時間を見つけて、品質管理課に訪れた。
「癸生河さん、昨日はありがとうございました。お陰で昨日の騒ぎが嘘のように。」
「お〜お〜、昨日は大変やったねぇ。ま、深刻やなくて良かった。普段から身体は鍛えてるみたいだし、ちょっと生活リズム整えりゃ、大丈夫だろ。」
「ところで、昨日メールで、朝起きれないって書かれてましたけど、当たったんですけど。なんで予言できたんですか?」
「当たったって、私は預言者じゃないよ。瞑眩反応だって。昨日、ミドーくんトコでじっくり治療してもらっただろ?どうせ奴の事だから、ガッツリ効果出そうとして、日々君のようなタイプには治療し過ぎてるって思ってなぁ。まぁ彼の患者さんに良くなって帰ってもらいたいって気持ちは分かるんだけど、まぁ。」
「治療し過ぎですか?そんなのがあるんですか?俺、今朝、いたって元気なんですけど?」
「あ〜、ごめんごめん。誤解して欲しくないんだけど、瞑眩反応って言ってな、初めて鍼治療受けたような人に出やすいんだけど、刺激が強すぎて身体がビックリしてしまうんだよ。実際はフツーの状態になるよう身体のバランスを整えただけなんだけど、君の身体はフツーよりも緊張が強くなり過ぎてたから、フツーに戻した時の身体の緩み方が大きくなりやすくてね。だから今朝はスイッチが切れたように身体が緩みまくってたわけよ。ヨダレ垂らすほど熟睡できんかったか?」
「え?うわ、ぜったい預言者ですよ、係長!」
「なぁ、日々君、これを機にカカリチョーとか、キブカワさんとかやめんか?みんなジョーさんって呼んでくれるから、それで頼むわ。で、君の昨日の治療な、インナーマッスルを緩めてやったはずだわ。で、オーバードーゼって言ってな、良い刺激が強すぎて眠くなったり、疲れを感じたりするんだよ。」
「あ、はい、じゃあ、ジョーさん、インナーマッスルってストレッチとかでどうにかなるって言うコトですか?」
「お、そうそう。その意識、いいねぇ。ちなみにミドー君の実際の治療内容は、私は知らないからね。彼はもちろん私も患者さんの情報って、まぁ院の部外者には漏らさないから。で、インナーマッスルのストレッチ、普段やってる?」
「え、いや、すいません。まったく。」
「まぁそういう系のストレッチやるぐらいの時間や気持ちの余裕があったら、昨日みたいな状態にはなってなかっただろうしなぁ、ごめんごめん。それを言っても仕方ないな。インナーマッスルのストレッチ、ちょっと勉強してみ。検索したら動画なんかがいっぱいあるだろ。気持ちいいで。あ、検索するならチョーヨー筋な。」
「え、いや、ジョーさんってスゴいっすね。鍼灸師って、、、」
話しかけたところで、休憩時間終了のチャイムが聞こえてきた。
「日々君、ま、まずは自分の身体を整えながら、色々勉強していこうや。私のことはおいおいな。またゆっくり飲みにでもいこうか。あ、酒は止められてるか?ははっ!」
チョーヨー筋だったか。俺は昼休みに動画検索してみた。