総務部予防保健課 御堂鍼灸院1

俺は自宅で新しい作業着に着替えた後、地下鉄で癸生河係長から教わった駅に向かった。

「えっ〜と、なんだかビジネス街だな。あれ?確かこの辺ってウチの営業所があったよなぁ?社内便の宛先でよく見る住所だもんな。」

地下鉄のホームからエスカレータで地上に出ると、高層ビル群の裏手に出た。カフェや居酒屋もあり、オフィスワーカーが行き交う中ではあるものの、都会の喧騒から少し目を逸らしたような一本路地裏。普段ビジネス街に足を運ぶことが少ない長次郎からすると、少し不自然な場所に地下鉄の出入り口があった。

「えっと、おどうしんきゅういん?とりあえず地図の通り進むか。鍼灸院なんて初めてだけど、なんだか話の流れで行かざるを得ない雰囲気だったしな。」

スマホのマップアプリを見ながら大通りに沿って歩き、10分ほどでビジネスビルの3階に辿り着いた。確かに御堂という看板というか、小さな表札がかかっている。ガラス扉で玄関の靴の並びが外から見え、中に人が居ることは分かる。ただ上手い具合に中段から目線の位置にすりガラスがデザインされており、明るい雰囲気であること以外、中の様子は伺えない。扉の取っ手にはご自由にお入り下さいの札がかかっている。

知り合いの紹介とはいえ、初めての鍼灸院、しかも全く想像もしていなかったビジネス街のビルの3階。辿り着くまでに、俺の鍼灸院に対するイメージは二転三転していた。そう。完全予約制の個室。陰湿で重苦しい雰囲気。体の歪みだの氣だのなんだの説明が多い。よく分からないグッズを勧められる、などなど。エレベーターを降りて目の前に現れたのは、ちょっとお洒落な、そう、オシャレな歯医者のような雰囲気の入り口。物怖じするタイプではないが、少し身構えていただけに、予想さえしていなかった明るい雰囲気に、柄にもなく扉の前でしばらく様子を伺ってしまった。

「え、ここであってるよな。」マップを見返してみても、鍼灸院の場所も外観写真もあっている。間違いない。

 

鍼灸院の扉に映る人影に、エレベータフロアと鍼灸院の間の通路で立ち止まっていた俺は、ふと我に返った。扉が開き、一人の若い女性が出てきた。服装からして明らかにビジネス街のOLさんだ。

「今11時だよな。仕事の途中?あれ?あのユニフォーム、ウチの工場の事務所の子と一緒。え?同じ会社の人だぞ。どういうことだ?この人も係長の紹介?なんだこの鍼灸院?」

なんて分析はするものの、軽い緊張と混乱に陥った俺に、女性が声をかける。

「あ、こんにちは、その作業着、ツイン工業の方ですね。みどう先生の治療ですか?」

呆気に取られるとはまさにこのことだろう。

「みどう?あ、そうか、おどうじゃなくて、御堂筋のミドウか。」

女性の問いかけは耳に入ってきてはいるのだが、全く会話が成り立っていない。