総務部予防保健課 食養生の料理店1

今週末は社長との夕食兼ミーティングの日だ。私は友人が経営する料理店に予約確認の連絡を入れた。

「はい、ヌーベルシノワ神農でございます。」

「お〜お~、繁盛してるんかな。癸生河だけど。オーナーはどうしてる。」

「あ、いつもお世話になっております。ジョーさん。料理長ですが、今買い出しに出ておりまして、あいにく。」

「あぁそう。相変わらずじっとしてないヤツだねぇ。ま、忙しいんなら結構結構。ところで今週金曜の予約、大丈夫かな。」

「もちろんです。毎月第1週の週末は、ツイン工業様に特別メニューをご提供する機会ですので。」

「ところで、今週末なんだけど、いつもの三人に、もう一人女性が参加することになってるんよ。席は増やせる?」

「もちろんです。では、4名様の個室で、19時からですね。コースの節気は啓蟄を意識しておりますので。」

「そやね、もうそんな時期なんやね。ま、その辺はオーナーにお任せで。よろしく〜」

 

私がツイン工業でお世話になり始めてから、もうすぐ5年。社長との神農での会食も相当な回数を重ねてきた。私がこの会社にお世話になり始めたのは、神農での出会いがきっかけだった。当時、私は雇われ鍼灸師として一つの治療所を任せられる程度の実績は積み始めていたが、如何せんこの業界では雇われであるウチはなかなか十分な食扶持を得ることは難しかった。専門学校の学費捻出に奨学金を受けていた私は、その返済のためにも一定の収入は必要で、神農で薬膳ソムリエを副業にしていた。薬膳ソムリエとはこの店ならではの前菜サービスを提供するスタッフの呼び名だ。その日訪れたお客さんの体調や好み、季節なども踏まえて前菜の内容を提案する。もちろんその他の料理や量はお客さんが好みで選べるが、店側は前菜を選んだ際の情報をもとに、季節の移り変わりと旬の食材を用いながら、味付けや使用する食材のバランスをお客さんの体調に合わせて調整できる。その時の体調に合わせた味付けになるのだから、美味しい、嬉しいと感じてもらえる機会は自ずと増えてくる。尚且つ体調が整う効果も感じられるのだから、この界隈ではなかなか予約の取れない人気店になっていた。

神農は、和食の料理店だが、薬膳の考えを強く意識している。世にいう一流の料理店、一流の料理人たちは、医食同源の考え方に精通しており、お客さんの健康につながる食事を提供するという。神農はオープン当初から医食同源をコンセプトとしており、和食薬膳のスタイルを通じて、健康につながる食を提供しようとしている。昨今の健康ブームの中でも、かなり本格的な健康志向の料理店だ。

と言うのも、東洋医学には食養生の概念があり、治療の際に食事内容の確認や見直し、提案などを行うことも多い。季節の食材や味のバランスから症状の改善をサポートするわけだ。私は、東洋医学の知識を生かして食養生のアドバイザー、すなわち薬膳ソムリエとして働いていた。そして、この神農の料理長、私がオーナーと呼ぶその人物も、また鍼灸学校の同級生である。彼女は料理人としてのキャリアを併せ持つ異色の鍼灸師だ。